被喰願望者

ファック文芸部 - 食人賞
「結構いるもんだな」
思わず声に出してしまった。同僚がこちらに目をやったので、こっちの話、と苦笑いで答える。職業柄、業務中の密かなネット巡回はお互い様だ。

「喰人賞」などという馬鹿げた企画に気がついたのは今日。応募者数が、これまた馬鹿げたことに3桁を優に越す勢いだというのも驚いたが、最初私が抱いた感想は軽蔑でも驚愕でもなかった。
「なぜ こんなうまい手をおもいつかなかったのか」
自分の知能には自信があっただけに、少なからずショックだった。

実際、喰人趣味というのは結構頭を使う。「食材」調達はどうしたって非合法なので、完全犯罪でなければならず、その食材の後処理にしたって、いい加減にはできない。そのため偏っているとはいえ、かなり広範な医学、薬学、化学の知識が必要だし、協力者が望めるわけもないので、あらゆる作業を一人でやらねばならない。それを乗り越える達成感というのも楽しみの一つではあるのだが、趣味な以上、過度の緊張は避けたい。

そこで、私のような人間が目をつけるのは「被喰願望」の持ち主だ。

「喰いたい」という願望があるからには、「喰われたい」という願望があってもおかしくはない。そのような願望を顕在潜在問わず持っている人間がいるならば、「それ」は私の食材候補になる。私のやるべきことは、「私ならあなたの願望を満たしてあげる」と「それ」に理解させること、これだけである。ほんとうにこれだけで、「それ」は養鶏場の鶏より協力的に私に身を捧げてくれる。

問題は「それ」を見分ける方法なのだが、これが厄介だ。あまり近しい人間をターゲットにもできず、かといってそこそこ会話を交わす中にならないと、相手の「願望」に気づけない。まさか出会い系で募集したり、ぐぐったりするわけにもいかないな、と思っているところに「喰人賞」である。
「喰人賞」応募作を見ていると、結構な率で「被喰願望」の持ち主がいたのだ。
私には、分かる。文章ににじみ出る可愛らしい「願望」が。
数十人の「被喰願望」者リスト。
こんなうまいやり方が。

私は社内サービスのユーザデータベースにアクセスして、応募者のIDを検索し、メールアドレスを取得した。無論ログは残さないように。